短編 | ナノ


▼ 榎出


※えのでわというよりえのでわえの
※日高→榎本要素あり






「うぅん……」

榎本は悩んでいた。その日は珍しく非番で、いつも非番の時は部屋でずっとゴロゴロしているかパソコンをいじっているかどちらかなのだが、たまには外に出てゆっくり買い物でもしようという気になったのだ。
誰かと一緒に行けば自分のペースを乱されるし、今日は一人でいたい気分だったので同じく非番でぐーすかといびきをかきながら熟睡している日高を誘わず起こさないようにそっと部屋を出たのが2時間前のことである。

部屋に足りないと思う日用品をはじめ、自分の購読してる雑誌等を買っていると気が付いたら夕方になっていた。もう帰ろうかと車のエンジンをかけたとき、あっ、と自分のまだ買っていないものに気付いた。

「服……」

仕事柄、制服でいることが多いのでそんなに私服でいることは無いのだが、私服を着ると必ず同僚からパッとしないと貶された。初めはそんなに気にしてなかったのだが、この間年下の上司にまで「若者の格好…ではないですね」と言われたので少し落ち込んだ。
確かに榎本は可もなく不可もなく、シンプルで無難で面白みのない服だけを着ていた。ファッションにそこまで興味もないし、黒っぽい何かを着ていればそれっぽいと思っているタチだった。
それがダメだったらしく、黒以外のものを
買えと勧められた。面倒だったが何枚か服も買ってみようと近くのお洒落そうな落ち着いたメンズ向けの店に向かった。

店に入ると、そこには男性の店員と男性の客しかいなく、女子が服を選びながらキャッキャとしている集団が少し苦手な榎本にとっては居心地が良かった。道明寺に勧められて来た場所だが、たまにはあの人もアテになるんだな、と少しばかり阿呆な上司の顔を思い浮かべた。

しかし何を買えばいいのかサッパリわからない。黒以外の上着を買えばいいのか…あまり店員さんを呼ぶのは好きではないのだが今回ばかりは呼ぶしかなかった。
近くにシンプルな帽子に伊達眼鏡のいかにもお洒落な男の人がいて、直ぐに店員さんだろうとわかった。すみません、と声を掛けるとはい?と優しい声が帰ってきた。ああ、良い人そうでよかった。気が弱いほうなのでいちいちビクビクしてしまう。

「あの、僕、服のこととかよくわかんなくて、何を買おうか迷ってるんですけど、黒以外の服で何かオススメの服ってありますか?」
「あー上下買うんですか?」
「いえ、上だけ買おうかと」
「下はどんなん持ってますか?」
「ほとんどジーパンとか…」

そうですか、と呟いてうーん、と少し悩んだあと、カチャカチャとハンガーの音をならしながら服を選んでいる。やはり榎本にはこの中にある服がどれが自分に似合うとかそういうことが全然わからなかった。

「じゃあコレとかどうですかね?」

店員さんが差し出したのは白の襟シャツに濃い赤紫のカーディガン。比較的地味目の色だが、今まで黒ばかり着ていた俺には少し派手ではないだろうか、と躊躇ってしまう。

「少し派手じゃないですかね?」
「そんなことないですよ。色が派手に見えるだけで着てみると案外地味目ですよ。ジーパンにもよく合いますし」

服を当てて似合います。と呟く店員。仕事だから言ってるのかもしれないが似合うと言われて悪い気はしない。

「試着してみたらどうですか?」
「あ、そうしてみます」
「サイズはこれであってます?」
「はい」
「では、行ってらっしゃい」

服を差し出してその場を離れようとする店員に榎本は困惑した。え。こういうときって一緒に行って俺がカーテンから出たときにお似合いですよとか言いながら買うの促すもんじゃないのか。いや別にして欲しいわけじゃないんだけど。

「あの、店員さんのお名前聞いてもいいですか?」
「え?」

また来たときに声がかけやすいかなと思って聞いてみたのだが、いけなかったのか固まる店員さん。なんだか恥ずかしくなってきてやっぱ大丈夫ですと言おうとした時、予想外の言葉がかえってきた

「俺、店員じゃないですよ」
「え?」

どうやらそれは冗談ではないらしく、よく見てみれば店員さんのつけている名札等をつけていないし、どこからどうみても客だった。お洒落だからという理由で話しかけてしまった自分を殴りたい。恥ずかしすぎて今なら死ねる。

「あああの、ほんとすみません!あまりにも、その、お洒落だったんで店員さんかと思っちゃいました!」

服をギュッと握り締めて頭を勢い良く下げる。すると頭上で笑う声が聞こえた。

「はははは、面白い人ですね、店員さんに間違えられたのは初めてですよ」
「すみません…」
「頭上げてください全然大丈夫ですよ」

言われて顔を上げるがその人は優しくニコニコ笑っていて、更に顔が熱くなる気がした。

「出羽将臣です」
「え?」
「名前。そっちは?」
「え、榎本です、榎本竜哉」

エノモトさん…、江戸の江に本で江本ですか?と訊かれ、木に夏と本で榎本ですと答えると、難しいっすね、と苦笑いした。そうなのだろうか。

「今日は休日なんですけど、俺いつもここの隣のショップでバイトで働いてるんでよかったら来てください。その時ならゆっくりコーディネートできると思うんで」
「あ、はい。でも俺、仕事の休み少なくて滅多にこれないかもしれないんですけど」
「お仕事はなにされてるんですか?」
「一応、公務員なんですけど…」
「え、すごいじゃないですか。それは休み無さそうですね…」
「でも、仕事終わったら明日、来てもいいですか?」
「是非。待ってますね」

眼鏡の奥の目が細まる。綺麗な茶の瞳。伊達眼鏡なんかしなければいいのに、とぽつりと思った。もったいない。きっと帽子を外せば綺麗な黒髪と茶色の瞳がよく映えていて整った顔立ちによく似合ってるのだろうと思った。そんなことを考えていると出羽さんはもう目の前からいなくなっていた。

渡された服をとりあえず着てみようと試着すると、案外いいかもしれない、と我ながら思った。この服装なら下が適当でもお洒落に見える。
そういえばお礼を言うのを忘れていた。今度会ったら言おう。





部屋に帰ると当然のように日高と五島が榎本と布施の部屋に転がり込んでいて、返ってきた瞬間、てめーらいつ帰んだよ!と布施が怒鳴っていた。それを宥めるとエノは甘すぎると叱られた。ごめんなさい。
榎本の持っていた紙袋を見た日高は直ぐにそれ何?と聞いてきて、榎本が服と答えると日高だけでなく布施と五島まで目を剥いて驚いた。

「え!エノが服買ったの!?マジで!?」
「流石に伏見さんにまでダサいって言われたら…ね」
「やべえ明日雨だぞ」
「んふふ、部屋干しやだねぇ」
「ちょっと!失礼だなあ」

ガサガサと勝手に紙袋の中を漁りだす日高。取り出した服を見ていいじゃん!と反応してくれたので少しホッとする。

「これエノが選んだの?」
「いや、店員さん…だと思ってた知らない人に」
「なんじゃそりゃ」

勘違いで声を掛けて服をコーディネートしてもらったことを包み隠さず話すと、やはり笑われた。布施は腹を抱えて笑って五島は榎本らしい、と珍しく咳き込みながら笑っていた。ただこういうことで1番笑いそうな日高がムスリとしていて、どうしたのだろうと少し心配になった。

「日高?大丈夫?お腹痛いの?」
「なんか面白くねえ。俺誘ってくれればよかったのに。」
「いや、一人で買い物したい気分だったんだよ」
「結局その男と一緒に仲良く服選んでんじゃん」
「まあ結果そうなっちゃったけど…いい人だったよ?すごく親切で…」
「聞きたくねーし」

冷たく言い放ってそのまま席を立ち部屋から出ていってしまった。なにか気に障ることでも言ってしまったのだろうか?少し不安になるが、布施が榎本の肩をポン、と叩いて笑った。

「愛されてんなあ?」
「は?よくわかんないよ…今の話でどこが気に食わなかったんだろう?そんなに誘って欲しかったのかな?」
「んふ…今のでも全然気付かない訳ね…」
「なにが?」

俺は日高に同情するわ、と布施が言ったことにもまるで訳がわからなくて、買ってきた服に目を落とす。昼間の出羽さんの笑顔が目に浮かぶ。明後日仕事が終わったら行けるかな、と自分でもびっくりするくらい社交辞令かもしれない言葉を間に受けていて、でもまた会いたいな、なんて無意識に考えてしまっていた。



[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -